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航空自衛隊府中基地の展示航空機の見学に行ってきました。(2018年10月)

府中基地は東京の府中市に所在する航空自衛隊の基地ですが、飛行場施設はヘリポートがあるだけで戦闘機などの航空機が離着陸できるような滑走路はありません。

そのような府中基地では日頃どのようなことが行われているかというと、自衛隊航空機の安全な運航を行うための航空管制業務、気象情報の収集・分析を行い、自衛隊の活動に必要な気象情報を各部隊に提供する気象関連業務、航空自衛隊の航空機、電子機器に関する研究開発・試験評価などが行われています。そういった後方支援業務研究開発業務が日々行われているのがこの府中基地ということになります。

府中基地の見学は無料で、本格的な見学をするには5名以上の団体で2週間前までに見学を申し込む必要があります。そうすると予約した日(平日のみ)に基地内の展示機見学、気象・消防・衛生などの各部隊の見学、基地内の売店の見学などができます。ただ府中基地に電話して聞いてみたところ、基地内の展示機のみの見学ならば事前予約なしでも個人での見学が可能とのことでしたので、今回、個人で展示機のみの見学に行ってきました。(個人見学も無料ですが、やはり平日のみです。)




ただ今回、予約なしでも基地内に円滑に入門できるよう、自宅を出る前に府中基地に電話して、これから府中基地に個人で展示機のみの見学に行くことや見学に訪れる大体の時間を念のため府中基地の広報に伝えておきました。

府中基地の正門に到着後は要件を伝え、受付で書類(1枚)に必要事項を記入すると入門が許可され、その後、自衛隊員の方が1名付き添うかたちで展示機のある場所へ案内してくれました。(展示機見学中も自衛隊員の方が付き添います。)

なお、府中基地の見学については規則が変更となることもあるかも知れませんので、見学に際してはあらかじめ府中基地のホームページで情報を確認したほうが良いと思います。

それでは、以下に府中基地の展示航空機をご紹介いたします。






F-1支援戦闘機は、三菱重工が製造したT-2超音速高等練習機をベースにして、同じく三菱重工により開発された戦後初の国産超音速戦闘機です。(ただし純粋な国産ではなく、ベースのT-2のエンジンは英仏共同開発のエンジンを石川島播磨重工業がライセンス生産したものであり、F-1のエンジンもまた同様です。)
量産1号機の初飛行は1977年(昭和52年)で、同年より部隊配備が開始されました。

F-1支援戦闘機は、ベースのT-2高等練習機の後部座席に戦闘用の電子機器を装備し、固定武装の20mmバルカン砲のほかに、空対艦ミサイル(ASM-1)、空対空ミサイル、爆弾、ロケット弾を最大2.72tまで搭載できるようにしてあります。 これらの攻撃装備の中でも特に四方を海に囲まれた日本の防衛のために国産空対艦ミサイルASM-1による対艦攻撃がF-1の主任務として重視されていました。

ただ支援戦闘機への改造によりF-1の重量はベースのT-2練習機よりも重くなり、それでもエンジンはT-2練習機と同じものであったため、爆装を行って機体が重くなったときの離陸時においてはF-1はアフターバーナーを使いエンジンの推力を上げて離陸する必要があったそうです。

F-1支援戦闘機は総計77機が製造されましたが、2001年から後継機であるF-2支援戦闘機の配備が進み、2006年(平成18年)3月9日に全機が退役しました。
(私自身はF-2よりF-1が好みで、今回の見学で初めてF-1を間近で見られてとても嬉しく思いました。)


【 F-1 主要スペック 】

乗員1名
全長17.9m
全幅 7.9m
全高 4.5m
主翼面積21.17平方メートル
基本運用重量 6550kg
最大離陸重量13700kg
エンジンTF40-IHI-801A ×2基
最大推力3207kg(アフターバーナー使用時)
最大速度マッハ1.6
実用上昇限度15000m
固定武装JM61A1 20mmバルカン砲 ×1門(装弾数750発)
兵装類最大搭載重量2720kg









F-104Jは1962年から航空自衛隊で使用された戦闘機です。米軍のF-104戦闘機(G型)をもとに、日本の航空自衛隊向けに対地攻撃能力を廃止するなど、防衛専用の要撃戦闘機としての改修を行って国内でライセンス生産されました。
国内生産にあたって、機体は三菱重工、エンジンは石川島播磨重工業(現IHI)がそれぞれ製造を担当しました。

なおF-104Jの航空自衛隊での正式な愛称は「栄光」ですが、実際は「マルヨン」と呼ばれることも多かったようです。また機体の形状と製造メーカーから「三菱鉛筆」というあだ名もありました。(ちなみにベースとなった米軍F-104の愛称は「スターファイター」です。)

軽量な機体に強力なエンジンを組み合わせたF-104Jは当時としては群を抜いた速度(最高速度マッハ2)と上昇力を持っており、「最後の有人戦闘機」とも称され、1960年代の日本の防空任務の中心的役割を担いました。
(翼面積は小さく、運動性は良くなかったようですが、F-104Jは個人的には好きな機体のひとつです。)

最終的にF-104Jは230機(練習機仕様のDJ型20機を含む)が配備されましたが1970年代以降は後継機種となるF-4EJ、更にはF-15Jの配備が進み、1986年にはF-104Jは実戦部隊から退役しています。
(その後14機が無人標的機UF-104Jに改修され1997年まで標的として使用されました。)


【 F-104J 主要スペック 】

乗員1名
全長17.8m
全高 4.1m
全幅 6.7m
翼面積18.22平方メートル
自重 6.7t
全備重量11.2t
エンジンJ-79-IHI-11A ×1基
推力7167kg(アフターバーナー使用)
最大速度マッハ2
航続距離1760km
武装20mmバルカン砲×1、サイドワインダー(最大4発)、70mmロケット弾(最大38発)









府中基地には防衛省が実験、研究を行った無人偵察機( UAV : Unmanned aerial vehicle )の実験機も展示 されています。(2018年の3月末ごろから府中基地に展示。)
無人偵察機は危険な空域でも人的被害を受けることなく偵察活動を行うことができるため、防衛省でも、以前から研究を行っていたようです。

この無人偵察機は航空自衛隊F-15J戦闘機の翼下に搭載され、偵察地域に近づいた段階で母機であるF-15Jから切り離されて空中発進し、その後無人での自律飛行に移ります。自律飛行時は遠隔操作ではなく、事前に設定されたコンピュータプログラムに従い飛行し、GPS(衛星利用測位システム)で位置を補正しながら偵察を行います。撮影した目標の画像情報はリアルタイムで送信することができ、偵察終了後は滑走路に自動着陸して帰還が可能となっています。

なお、この実験機は富士重工(現SUBARU社)製で、機体は全長5.2メートル、全幅2.5メートル、高さ1.3メートル、重量約760キロ、最大飛行高度は約12キロ(40,000フィート)で、敵のレーダーに探知されにくいステルス性も備えています。

2009年までは航空自衛隊の飛行開発実験団が、日本海上空でF-15J戦闘機からの分離やセンサーの作動試験を行っており、その後2009年の秋からは自衛隊の硫黄島航空基地(東京都小笠原村)で実際の飛行試験に入り、自律飛行と自動着陸の安全性などの試験が行われました。
(2009年12月15日には無人機研究システムの初自律飛行を実施し、無事自動着陸に成功しています。)


府中基地に展示されている実験機の機体の横に書かれたサソリのマークは自衛隊の硫黄島航空基地のマークであり、サソリのマークの数は実験の回数を、各サソリのマークの下の日付は実験日を表しています。

つまりこの実験機は硫黄島航空基地で2010年から2011年にかけて4回の実験を行ったことが判ります。
防衛省の無人偵察実験機は4機製造されましたが、府中基地に展示されている実験機は、機体に「1004」と記載されてあることから判る通り、4号機になります。

 



この無人偵察機の実験機は4機が製造されましたが、うち2機は飛行試験中にエンジントラブルで実験場の硫黄島近海で墜落し、海中に水没して失われています。(2010年2月に1機が、同年7月に1機が墜落しています。)
残った2機の実験機ですが、1機は入間基地にあり、残りの1機(4号機)がここ府中基地に展示され、現在に至っています。

結局この無人飛行実験機は残念ながら実験、研究にとどまり、実用化はされませんでした。そのため防衛省は米軍のRQ-4グローバルホーク無人偵察機を3機購入することを決定し、2020年以降、航空自衛隊三沢基地(青森県三沢市)に順次配備することにしています。(陸海空自衛隊共同で運営する計画。)


【参考】
 2018年9月の日米友好祭で
 展示されていた米軍の無人偵察機
 RQ-4グローバルホーク
 (米軍横田基地にて撮影)







東府中駅から徒歩約6分

京王線(京王八王子もしくは京王高尾山口行き)で新宿駅から電車で約35分
  (特急、準特急は、調布駅で各駅電車に乗り換え)

京王線(新宿行き)で八王子駅から電車で約25分
  (特急、準特急は、府中駅で各駅電車に乗り換え)




駅から近く、交通の便もよい府中基地。見学も無料ですので
基地内の様子をご覧になってみるのも又よろしいのではないでしょうか。


   







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