立川飛行機を前身とする「立飛ホールディングス」(東京都立川市)で旧陸軍の「一式双発高等練習機」の一般公開(入場無料)が行われるということを知り、見学に行ってきました。(2021年11月)
一式双発高等練習機は、立川飛行機(現在の立飛ホールディングス)によって開発、生産された旧日本陸軍の双発練習機です。(双発とはエンジンを2基持つ航空機のことを意味しています。)
一式双発高等練習機は立川飛行機が初めて手掛けた引き込み脚の全金属製双発機でありましたが、開発作業は順調に進み、試作機は1940年に完成しています。審査結果は良好だったため若干の機体改修の後、1941年に一式双発高等練習機として陸軍に制式採用されました。
なお一式双発高等練習機は旧陸軍のおける試作名称(計画名称)で「キ54」と呼ばれることもあります。
一式双発高等練習機は信頼性の高いエンジンや耐久性に優れた機体を持ち、操縦席からの視界も良好で使い勝手の良い傑作機でありました。そのため操縦・航法練習機型の甲型(今回展示機)以外にも、通信・爆撃練習機型の乙型、輸送機型の丙型、哨戒機型の丁型も生産され、連絡機としても使用されました。生産は1945年6月まで行われ、合計1,342機が生産されています
【 主要諸元 (一式双発高等練習機) 】
| 全 長 | 11.94 m |
| 全 幅 | 17.9 m |
| 全 高 | 3.58 m |
| 主翼面積 | 40 ㎡ |
| 自 重 | 3,120 kg |
| 全備重量 | 4,080 kg |
| エンジン | 日立 ハ13甲 空冷星型9気筒エンジン(515HP)×2 |
| 最大速度 | 367 km/h |
| 航続距離 | 960 km |
| 上昇限度 | 7,180 m |
| 乗 員 | 5~9名 |
戦後、国内に現存する一式双発高等練習機は無いものと思われていましたが、戦時中エンジントラブルにより十和田湖に不時着し沈没した一式双発高等練習機の存在が記録資料から明らかになりました。2010年に調査会社によって湖底に沈んだ一式双発高等練習機が発見され、2012年にはついにその機体の引き揚げに成功しました。十和田湖の湖底は低温で淡水のため、60年以上経っても機体の腐食は比較的少なく、機体の塗装なども当時の状態で残っていました。
この機体は国内に現存する唯一の一式双発高等練習機として青森県立三沢航空科学館にしばらく展示されていたのですが、維持、管理などの問題から2020年11月、一式双発高等練習機の製造元である立飛ホールディングス(前立川飛行機)に譲渡されることになりました。これにより一式双発高等練習機のいわば「里帰り」が実現し、今回初の立飛ホールディングスでの一般公開の運びとなりました。
世界を見渡しても一式双発高等練習機の現存機は少なく、現在のところ中国に1機(北京航空航天大学内の北京航空館)、オーストラリアに1機(キャンベラのオーストラリア戦争記念館)しかその存在が確認されていません。そういったこともあり、今回公開された一式双発高等練習機はその希少性から2016(平成28)には重要航空遺産にも認定されています。
今回の展示では一式双発高等練習機は組み立てられた状態ではなく、胴体、左右主翼、水平尾翼、垂直尾翼がそれぞれ個別に展示されていました。(ちなみに以前、同機が青森県立三沢航空科学館で展示されていたときは組み立てられた状態での展示でした。)
今回展示の一式双発高等練習機は2012年に十和田湖から引き揚げられたものですが、前述の通り、機体が沈んでいた湖が淡水で湖底の水温も低かったことから機体はあまり劣化していない状態でした。よって機体の塗装も湖に沈んだ当時のままに近く、胴体や主翼の日の丸もオリジナルの色がかなり残っています。
一式双発高等練習機は立川飛行機が初めて手掛けた全金属製の航空機でした。 その機体にはアルミニウム合金の「ジュラルミン」が使われています。アルミニウムは軽量ではあるのですが、強度が弱くそのままでは航空機の機体には使えません。そこでアルミニウムに銅などを添加して金属としての強度を高めた合金が「ジュラルミン」です。一式双発高等練習機のジュラルミンの機体には十和田湖に沈んだ当時の塗装も残っています。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
水平尾翼は機体の安定を保つとともに、水平尾翼についた昇降舵(エレベーター)で機体を上昇させたり、降下させたりします。一式双発高等練習機の水平尾翼は左右別々ではなく、一体型となっています
|
|
|
|
垂直尾翼は機体の安定を保つとともに、垂直尾翼についた方向舵(ラダー)で機体を左右に旋回させます。 実際は方向舵だけではなく主翼に付いている補助翼(エルロン)を同時に操作して航空機は旋回することができます。展示されていた垂直尾翼には所属部隊のマークもオリジナルの塗装で残っています。
|
|
|
|

一式双発高等練習機のエンジンは天風(あまかぜ)と呼ばれるエンジンであり、日野自動車の前身である東京瓦斯電気工業が開発したエンジンでした。(天風エンジンは「てんぷう」と読まれることが多いのですが、正式名称の読みは「あまかぜ」です。)天風エンジンは信頼性が高く、1万基以上が生産され、大戦中の様々な軍用機(主に練習機)のエンジンとして用いられました。天風エンジンにはいくつかの種類がありますが、一式双発高等練習機に搭載されていたエンジンは「ハ13甲」という名称の後期型の天風エンジンでした。
一式双発高等練習機は2012年、十和田湖から引き揚げられましたが、その左翼側に付いていた天風エンジンは開発元の東京瓦斯電気工業を前身とする日野自動車によって修復が行われました。天風エンジンの修復作業は日野自動車のエンジン実験部門と生産技術部門が担当し、約半年間をかけて修復を行ったそうです。
この修復された一式双発高等練習機の天風エンジンは日野自動車の企業博物館「日野オートプラザ」(八王子市)などで展示されていたのですが、今回の一般公開会場にはこの修復された天風エンジンも展示されていました。またエンジン本体のみならず、エンジンに付属していたキャブレター(気化器)も修復されたエンジンとともに展示されていました。なお天風エンジンのもともとの開発は東京瓦斯電気工業(現在の日野自動車の前身)が行いましたが、天風エンジンは日立航空機製と表記されることもあります。これはどういうことかというと1939年(昭和14年)に東京瓦斯電気工業の航空機部門が分離独立して日立航空機という会社が新たに設立されました。これにより天風エンジンの製造も日立航空機が引き継いだので日立航空機が設立されたあとに製造された天風エンジンは日立製ということになるわけです。こういった経緯があって一式双発高等練習機の天風エンジンは日立航空機製ということになります。
【 ハ13甲(一式双発高等練習機の天風エンジン)の主要諸元 】
| 形 式 | 空冷単列星型9気筒 |
| 筒 径 | 130 mm(ボア) |
| 行 程 | 150 mm(ストローク) |
| 直 径 | 1,192 mm |
| 全 長 | 1,017 mm |
| 乾燥重量 | 320 kg |
| 総排気量 | 17.9 L |
| 圧縮比率 | 6.65 |
| 離昇出力 | 510馬力 /2,300 rpm |
| 公称出力 | 450馬力 /2,200 rpm |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
今回の一般公開会場には旧陸軍の主力戦闘機である一式戦闘機「隼」(はやぶさ)のエンジンも展示されていました。一式戦闘機「隼」は中島飛行機(のちの富士重工、現在の「スバル」社)が開発、生産した戦闘機ですが、立川飛行機でも「隼」の生産を行っていました。
「隼」には一型、二型、三型があり、立川飛行機では「隼」の二型、三型の生産を行っていました。
特に「隼」で最も性能の高い「三型」は立川飛行機でのみ生産が行われていました。
その関係であると思われますが、今回展示されていた「隼」のエンジンは立飛ホールディングスのスタッフさんの話によると十年ぐらい前に立飛ホールディングスの敷地の土中から発見されたものだそうです。
|
|
「隼」は、一型が「ハ25」、二型が「ハ115」、三型が「ハ115-Ⅱ」の各エンジンを搭載していましたが、今回展示されていたエンジンは「隼」三型の「ハ115-Ⅱ」であると思われます。(展示パネルは「ハ25」になっていましたが。)
「ハ115-Ⅱ」は「隼」二型の「ハ115」エンジンに水メタノール噴射装置を装備し、「ハ115」より高い吸入気圧(ブースト圧)の混合気をエンジンに取り込むことができるようにしてあります。
高い吸入気圧の混合気(=大量の混合気)の吸入によってエンジンの出力は向上しますが、あまり高い吸入気圧にすると混合気の温度が上昇してしまい、そのままではエンジンのシリンダー内で異常燃焼が発生してしまいます。このため、「ハ115-Ⅱ」エンジンでは、水メタノール噴射装置を用いて吸入する混合気に水とメタノールの混合液を噴射し、混合気の温度を下げるようにしています。(水だけを使うと高高度で飛行した場合、気温の低下により水は凍結してしまうことがあるのでそれを防止するため水にメタノール液を混ぜています。)その結果「ハ115-Ⅱ」エンジンは「隼」各型のエンジンで最高となる離昇出力1,300馬力を発揮することが出来るようになりました。この数値は同系統のエンジンを積んだ海軍の零戦(ゼロ戦)を上回るものでした。
また「ハ115-Ⅱ」エンジンはエンジンの排気をシリンダー毎に後方に噴射し、それによって推力を得る「推力式単排気管」も採用しています。(これにより速度をある程度向上させることが出来ます。)
エンジン出力の向上と推力式単排気管の効果が相まって「隼」三型は「隼」各型で最速の最高時速560キロを達成しています。
【 ハ115-II エンジンの主要諸元 】
| 形 式 | 空冷星型複列14気筒(水メタノール噴射装置付き) |
| 直 径 | 1,150 mm |
| 圧縮比率 | 7.0 |
| 燃料供給 | キャブレター式 |
| 過給方式 | 遠心式スーパーチャージャー1段2速 |
| 離昇出力 | 1,300 馬力 /2,750 rpm ( ブースト +300 mmhg ) |
| 公称出力 |
1速全開:1,230 馬力 / 2,700rpm ( 高度 2,800 m ) 2速全開: 950 馬力 / 2,700rpm ( 高度 6,800 m ) |
尚、今回展示されていたエンジンが「隼」三型に搭載されていた「ハ115-Ⅱ」であると思われる理由は排気管の形状です。「ハ115-Ⅱ」エンジンは前述の通り推力式単排気管を採用しています。今回展示の「隼」のエンジンも推力式単排気管であることから、このエンジンが「ハ115-Ⅱ」であることが分かります。
細かく言うと「隼」二型の最後期型(エンジンは「ハ115」)も推力式単排気管になっているのですが、二型最後期型では排気管が片側6本(上から1本、3本、2本)であり、三型の排気管数は片側7本(上から2本、3本、2本)です。そして更に二型は排気管と排気管の間隔が広いのですが、三型では片側7本の排気管の間隔はかなり狭くなっています。こういった特徴の違いからも今回展示されていた「隼」のエンジンは三型に搭載されていた「ハ115-Ⅱ」であることが分かります。
|
|
|
●ハ115―Ⅱエンジンの推力式単排気管(エンジン右側)
矢印のところに推力式単排気管が見えます。上から2本、3本、2本の排気管ですが、一番上の2本セットのうち上側の一本の排気管は欠損しています。(それでも一番上の2本セットの排気管をまとめる金具は残っています。)
また排気管同士の間隔は狭くなっていて、「隼」二型の最後期型「ハ115」とは異なる「ハ115―Ⅱ」エンジンの特徴も見てとれます |
|
|
|
●ハ115―Ⅱエンジンの推力式単排気管(エンジン左側)
エンジン右側面と比べると左側面の排気管はかなり損傷していますが、矢印のあたりを見ると、やはりこのエンジンがシリンダー毎に排気を後方に噴射する「推力式単排気管」を用いていることが分かります。
|
更にネットで調べてみると、この「隼」のエンジン(立飛ホールディングス所有)は、IHIエアロスペース社の富岡事業所(群馬県)で2017年に開催された「富岡事業所ロケット祭り」でも展示されていました。「隼」のエンジンは中島飛行機(現スバル社)が開発したのですが、IHIエアロスペース社は東京・杉並区の荻窪にあった中島飛行機の発動機工場を前身としています。そういった歴史もあり、2017年の「富岡事業所ロケット祭り」で立飛ホールディングスの「隼」のエンジンを借用し、展示を行ったようです。そしてこのときの展示ではこのエンジンは「ハ115-Ⅱ」として紹介されていました。
「隼」三型に搭載されていた「ハ115-Ⅱ」エンジンを見るのは、私は今回が初めてでした。このエンジンは大変貴重なものであると思われます。実際これ以外に国内に存在する「ハ115-Ⅱ」エンジンは無いと思われます。山梨県の河口湖飛行舘には復元された「隼」が2機ありますが、これは一型と二型であり、搭載エンジンは「ハ115-Ⅱ」ではありません。米国には飛行可能な「隼」三型がありますが、エンジンはオリジナルの「ハ115-Ⅱ」ではなく大きさが近い米国製エンジンを使っています。今回一式双発高等練習機とともに「ハ115-Ⅱ」エンジンを見られたのはとても大きな収穫でありました。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
今回初めて一式双発高等練習機を見学することが出来ました。また天風エンジン、隼のエンジン(ハ115ーⅡ)を見るのもこれまた初めての経験でした。見学の帰りには一式双発高等練習機のイラストがデザインされたオリジナルトートバッグ(下の写真)もお土産として無料でプレゼントしてもらい、大満足の見学となりました。
|
|
| ●トートバッグ(全体) | ●トートバッグ(アップ) |
立飛ホールディングスは今後も一式双発高等練習機の見学機会を設けていくとのことですので、また機会があれば是非とも見学に行きたいと思いました。
